白内障手術で、遠くも近くも見やすくなると人気の「多焦点眼内レンズ」。でも、「手術したのはいいけど、本当にちゃんと見えるようになるの?」「いつになったらスッキリ見えるの?」と不安に思っていませんか?
特に、お仕事ですぐに元通り見たい方や、車の運転、細かい手芸などが好きな方にとっては、見え方に慣れるまでの時間は気になりますよね。すでに手術を受けた方の中にも、光がにじんで見えたり、視界がなんとなくぼやけたりして悩んでいる方もいるかもしれません。
この記事では、多焦点眼内レンズを入れてから「慣れる」までの、リアルな道のりを分かりやすく解説します。
手術後の見え方がどう変わっていくか、脳が見え方を調整する「慣れ」の仕組み、そして少しでも快適に見るための具体的なヒント、万が一「どうしても慣れない…」と感じた時の対処法まで、あなたの疑問や不安に答えます。「こんなはずじゃなかった…」とならないために、ぜひ最後まで読んでみてください。
多焦点眼内レンズは、遠くも近くも、間の距離も見えるように作られた、とても便利な人工レンズです。でも、手術してすぐ、魔法のように全部がクッキリ見えるわけではありません。多くの人には「慣れ」の時間が必要です。この「慣れる」って、具体的にどういうことなのでしょうか?
若い頃、私たちの目は、カメラのレンズのように厚みを変えることで、見たいものにピントを合わせていました。でも、白内障手術で入れる人工の多焦点レンズは、自分で厚みを変えることはできません。その代わり、レンズの特別な工夫によって、遠く・近く・中間など、いろんな距離の景色(光)が同時に目の奥(網膜)に届くように設計されています。
例えるなら、テレビ画面にいろんなチャンネルの映像が同時に映っているような状態です。手術直後の脳は、この急な変化にちょっと戸惑います。「見たい映像(ピントが合った景色)」だけでなく、「他のチャンネルのぼやけた映像(ピントが合っていない景色)」も目に入ってくるので、「なんだかぼやける」「ピントが合いにくい」と感じることがあるのです。
ここで大事なのが、脳の「慣れ」(専門的には神経適応と言います)です。私たちの脳はとても賢くて、たくさんの映像の中から「今、自分が見たい映像」を選び出し、それ以外の「邪魔な映像」を自然と無視するように学習していきます。この脳の学習が進むにつれて、徐々に見たいものがクリアに見えるようになり、邪魔な映像が気にならなくなっていきます。これが「慣れる」ということの正体です。
一方、白内障手術でよく使われる「単焦点眼内レンズ」は、ピントが合う距離が基本的に1ヶ所(例えば遠くだけ)です。そのため、脳に入ってくる映像の種類はシンプルで、迷うことが少ないのです。だから、多焦点レンズに比べると、脳が新しい見え方に慣れる時間は短く、回復も早いことが多いと言われます。
多焦点レンズは、たくさんの映像の中から見たいものを選び取る、という少し複雑な作業を脳にお願いするので、単焦点レンズよりも慣れるのに時間がかかるのが普通です。特に、光の周りに輪っかが見えたり(ハロー)、光がギラギラ眩しく感じたり(グレア)する現象は、多焦点レンズならではのもの。これも、脳が光の情報をうまく整理できるようになるまで、少し時間が必要なことがあるのです。
つまり、多焦点レンズに慣れる期間は、目が手術のダメージから回復するのを待つだけでなく、脳が新しい見え方を学習するためのトレーニング期間とも言えます。そして、この学習スピードや、最終的にどれくらいスッキリ見えるようになるかは、人によってかなり違うということを知っておきましょう。
多焦点眼内レンズの手術後、見え方はどんな風に変わっていくのでしょうか? 個人差もありますので、あくまで一般的な目安をお伝えさせていただきます。
手術当日から次の日くらいまでは、目を保護するための眼帯をすることが多いです。眼帯を外しても、視界はまだぼんやりとかすんでいるのが普通です。これは手術による軽い腫れなどが原因なので、心配いりません。光がいつもより眩しく感じることもよくあります。
この時期一番大事なのは、医師からもらった目薬をきちんとさして、目の炎症をしっかり抑えること。無理に物を見ようとせず、目をゆっくり休ませてあげましょう。細菌が入らないように清潔にすることも大切です。見え方よりも、まずは安全に回復することが目標の時期です。
手術から1週間くらい経って、目の腫れが引いてくると、多焦点レンズ特有の「光の輪(ハロー)」や「光のまぶしさ(グレア)」を感じ始める人が増えてきます。特に夜、車の運転をしている時や暗い部屋で、街灯や車のライトの周りに輪っかが見えたり、光がギラギラと眩しく感じたりすることがあります。暗い場所だと瞳(黒目)が大きくなるので、症状が出やすいのです。「朝より夜の方が眩しい」「暗いと見えにくい」と感じる人もいます。この時期に症状を強く感じる人もいますが、これも人それぞれ。
また、少し暗い場所だと、色の濃淡や明るさの違い(コントラスト)が少し分かりにくく感じることもあります。これらの症状は、脳がまだ新しい光の入り方に慣れていないサイン。多くの場合、時間が経つにつれて気にならなくなってきますが、どれくらい良くなるか、どれくらいのスピードで良くなるかも人によります。焦らず、見え方の変化を見守りましょう。
手術から1ヶ月くらい経つと、多くの人で遠くの景色はだいぶ安定して見えるようになります。そしてこの頃から、手元の文字やパソコン画面など、近くや中間の距離が見やすくなってきたか、また光の輪やまぶしさが気にならなくなってきたかを実感し始める人が増えてきます。
脳の「慣れ」が順調に進んでいる人は、意識しなくても自然とスマホの文字や本の活字にピントが合うようになってきたり、以前は気になっていた光の輪やまぶしさが減ってきたりして、日常生活でメガネを使う回数が減っていくのを感じられるでしょう。
一方で、「なかなかピントが合わないなぁ」「光の輪やまぶしさがまだ気になる…」という人もいます。一般的に、「3ヶ月くらい」が一つの区切りと言われることもありますが、これはあくまで目安です。慣れるまでにもっと時間がかかる(例えば半年とか1年とか)人もいれば、すごく早く慣れる人もいます。
大事なのは、光の輪やまぶしさは、少し残ることもあるということです。問題は、症状があるかないかだけでなく、残っている症状があなたの生活(特に夜の運転など)にどれくらい影響があって、あなたがそれを「まぁ、これくらいなら大丈夫かな」と受け入れられるか(許容できるか)どうかです。この「許容度」も人によって全然違います。もし、3ヶ月くらい経っても生活に困るほどの見えにくさが続く場合は、「まだ慣れないだけかな」と思い込まず、医師に相談することが大切です。
「目安の3ヶ月を過ぎても、なんだかスッキリしない…」そんな時は、ただ待つだけでなく、慣れを邪魔している原因がないか考えてみましょう。原因は一つだけとは限らず、いくつか重なっていることもよくあります。
手術後の検査で、予定していたレンズの度数と、実際の目の度数にほんの少しズレが出ることがあります。また、もともとあった乱視が少し残ってしまうことも。多焦点レンズは、単焦点レンズよりも、このほんの少しのピントのズレやまぶしさ(乱視)の影響を受けやすいと言われています。「0.5D(ディオプトリー)」という、ごくわずかなズレでも、なんとなくスッキリ見えない、ぼやける、と感じる原因になることがあります。
目の表面を覆っている涙は、光をキレイに通すための大切な役割をしています。目が乾いている(ドライアイ)と、涙の状態が不安定になり、目の表面で光が乱れてしまいます。せっかく良いレンズを入れても、視界がぼやけたり、かすんだりする原因になります。白内障手術の後は目が乾きやすくなる人もいるので、要注意です。
多焦点レンズの見え方に慣れるかどうかには、あなたの性格や生活スタイルも少し関係することがあります。例えば、お仕事でとても細かい作業をする方や、夜に車を運転する機会が多い方は、ほんの少しの見え方の変化も気になりやすいかもしれません。また、「完璧に見えないとイヤ!」と思う気持ちが強すぎたり、細かいことがすごく気になる性格だったりすると、光の輪やまぶしさなどが気になって、慣れるのに時間がかかったり、満足感が得られにくかったりすることもあるようです。
緑内障や糖尿病による目の変化、網膜(目の奥のフィルム)の病気など、白内障以外に目の病気があると、多焦点レンズを入れても思ったほど見え方が良くならなかったり、色の濃淡が分かりにくくなったりすることがあります。これらの病気がある場合は、多焦点レンズが向いていないこともあります。また、手術後の目の赤みや痛みがなかなか引かなかったり、「後発白内障」といって、手術後にレンズを入れた袋がまた濁ってきたりすると、視界がかすむ原因になります。
多焦点レンズには、実はいくつか種類があります。例えば、遠・中・近のピントが比較的しっかり合うけれど、光の輪やまぶしさが少し出やすい「回折型」というタイプ。それに対して、光の輪やまぶしさは少ないけれど、手元(30~40cmくらい)の見え方が少し弱いことがある「EDOF(イードフ)」というタイプなどです。あなたの生活スタイルや「こんな風に見たい!」という希望(例えば、夜の運転が多いから光の輪やまぶしさは困る、手元の細かい字をとにかく見たい、など)と、選んだレンズの特徴が合っていないと、「なんか違うな」「慣れないな」と感じる原因になることもあります。
もし、これらのチェック項目に「当てはまるかも」と思うことがあれば、一度医師に相談してみましょう。原因が分かれば、対策できることもありますよ。
多焦点レンズに早く慣れるための「魔法」はありませんが、少しでも快適に見えるように、自分でできる工夫はあります。ここでは、どれくらい効果が期待できるかも考えながら、いくつかヒントをご紹介します。
目が乾くと、とたんに見え方が悪くなります。パソコンやスマホを見ていると、まばたきを忘れがち。1時間に1回くらいは、意識してゆっくり深いまばたきを数回しましょう。
それでも目が乾く感じがしたら、防腐剤の入っていないタイプの人工涙液(涙に近い成分の目薬)を使うのがおすすめです。目をうるうるに保つことが、クリアな視界への近道です!
「どうしてもこの細かい字が見えない!」「パソコン作業が疲れる…」そんな時は、無理せず一時的に弱い度数の老眼鏡などを使うのもアリです。全部を裸眼で見ようと頑張りすぎると、かえってストレスになってしまいます。
「見えないストレス」を減らすことで、脳が他の距離を見ることに集中しやすくなり、結果的に慣れを助けることもあります。補助的にメガネを使うのは、賢い作戦です。
いろいろ試しても、手術から3ヶ月くらい経っても生活に困るほどの見えにくさ(強い光の輪やまぶしさ、ぼやけ、ピントの合いにくさ)が続く場合は、我慢しないで早めに医師に相談しましょう。
もしかしたら、ただ「慣れ」の問題じゃないかもしれません。前に説明したような他の原因が隠れていて、治療が必要な場合もあります。これが一番大事なステップです!
多焦点レンズは、普通のレンズより少し色の濃淡が分かりにくいことがあります。特に薄暗い場所では見えにくいことがあるので、部屋は少し明るめにするのがおすすめです。
本を読んだり作業したりする時は、手元を照らすライトを使うと楽になります。また、パソコンやスマホの画面は、明るさを少し上げて、背景(白)と文字(黒)の色の差をはっきりさせると、文字が読みやすくなることがあります。
スマホの小さい文字が見えにくい時は、設定で文字サイズを少し大きくしてみましょう。また、黒い背景に白い文字が表示される「ダークモード」は、人によっては眩しく感じたり、文字がにじんで見えたりすることがあります。
見にくいと感じたら、普通の白い背景に黒い文字の設定に戻してみるなど、自分が見やすい設定を探してみてください。
多焦点眼内レンズに慣れるまでの時間は、人によって違いますが、脳の「慣れ」の力で、少しずつ快適に見えるようになっていくことがほとんどです。このちょっと不安な期間を上手に乗り切るための、3つのヒントをまとめます。
手術してすぐ、全部がクッキリ見えるわけではないこと、光の輪やまぶしさが出ることがあること(少し残ることもある)、そして慣れるまでには人によってすごく差があって、数週間~数ヶ月、もっとかかることもあると知っておきましょう。他の人と比べず、焦らないのが一番です。
目の乾燥対策、部屋の明るさ調整、スマホの設定変更など、試せることはやってみましょう。見えにくい時は無理せずメガネを補助的に使って、「見えないストレス」を溜めないように。特別なトレーニングなどに期待しすぎず、基本的なケアを続けましょう。
見え方で不安なことや不満なことがあったら、自分で判断しないで、できるだけ早く医師に相談するのが一番大事です。特に、3ヶ月くらい経っても生活に困るほどの見えにくさが続く場合は、必ず相談してください。ただ「慣れ」の問題じゃないかもしれません。解決のための方法(リスクの高い再手術も含めて)について、納得できるまで説明を聞き、慎重に決めましょう。
多焦点眼内レンズは、上手に付き合えば、メガネのわずらわしさから解放されて、生活をぐっと豊かにしてくれる素晴らしい技術です。レンズの特徴や限界、そしてあなた自身の目の状態や希望をよく理解し、医師としっかり話し合いながら治療を進めることが、満足できる結果につながる鍵です。